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30代を迎えての抱負

更新日:2022年10月13日

色悠です。早いもので、5月19日で30歳の誕生日を迎えます。

大雪の中で開催された成人式が昨日あったかのように思い出せられ、

それがもう10年前だと思うと本当にあっという間に感じられます。


将来の為に多くのことを勉強して実践してきた20代。

せっかくの節目ですから、今までの事と抱負をお話しします。



■まず今までの事です。


高校卒業以降、将来は何か大きいことがしたいと思い、

自分が興味を持つ分野の本を多く読むようにしていきました。

結果としてこれから必要になるクリエイティブの知識や創造力が、

実践を通して大まかに手に入ってきたところでしょうか。


20代半ばを迎えると、コンテンツ制作者になるという願望はブレないものになります。

そして将来的に世界にも作品の売り込みをしていこうと決意した時には、

英語と中国語の勉強も始めていました。


語学というのは少々難しく、突き詰めれば一生学べるもの。

というわけで、会社員をやりながら学習時間を確保するのもやっとの中、

現在中国語に関しては常用漢字2500文字の読み書きを習得完了、

そして大学第二言語修了レベルの文法力が手に入りました。

中華圏はおそらく旅行目的で渡航するなら問題ないか?というぐらい。

ビジネス目的ともなれば最難関のHSK6級が必要になりますが、

やらない理由はないので、このまま走り続けます。

逆に英語については微妙です。

この1年間を中国語に集中させたためか、

TOEICのポイントが体感で50点ほど上昇したかどうかです。

中国のドラマを聴き流せるようになったら、特急とスタサプ、TEDの三刀流!

そして独立したらヒアリングマラソンもやりたいのですが、

今はその領域に及びません。



■そして抱負です。


30代以降はまず、どのタイミングで今の生活が完全移行するか分かりませんが、

アニメコンテンツ制作者としてネット中心に生きるという開始点にまず立ちます。


今までは、将来コンテンツ制作者になるという理想像が朧げにあるだけでした。

しかし20代を通して続けてきた多方面の学習のおかげで、その土台が盤石になりました。

全く悔いる事はなく、寧ろ恐れることもないというほど順調です。

そういったクリエイティブに向き合う為の知識や技術、

あるいは生活スタイルを確立し切ったので、次の10年を万全に迎えられます。


周囲を見ると、世の中の数多くのコンテンツ原作者の人は、

自ら創造したコンテンツを、自分の得意な媒体をうまく利用してデビューしています。

漫画だったり小説だったり、短編映画だったり。

それらの作品は今ネット上のクローズドなSNS空間で瞬く間に拡散されていきます。

得意分野を活かして有名になり、それで生計を立てられるようになった友人も現れました。


そのように身近に成功者が居るのだから、彼らの成功を直ぐにでも追いたいところです。

しかし自分も彼らと同様に十分訴求力のある作品制作力を手に入れたにも関わらず、

どうも自分が納得する形式で作品を世に公表するには、もう少々時間を要しそうなのです。

これは自分でも少し意外なのですが、後述の理由があってのことです。


初めてコンテンツ制作者を志すようになったのは、高校に進学して間もない頃。

自分が元々クリエイティブの分野で素質があると信じていたのは幸運な事でした。

しかし当時抱いていた「ギフテッドで稼ぐ」という夢には、

好きな事で稼ぎたいという理想よりも、承認欲求を満たしたいという目的の方が遥かに大きな割合を占めていました。


世の中には天賦の才能で一躍有名になったクリエイターがたくさんいますが、

その能力を持っていて尚自身の人生を再考する為に製作から身を引く者が一定数います。

自分の場合、今創造しているコンテンツを一度世の中でスタートさせてしまうと、

完結できる状態になるにはどれだけ早い製作計画を立てたとしても、

25年前後はかかることが分かっています。


世の中に1人でも自分のファンを作った以上は最後まで楽しませる事が、

ある意味で製作者の義務のようなものだと感じていますし、

それがクリエイターとしての仕事のようなものです。

自分がこの人生設計からドロップアウトしないだけの理由が十分かどうかも考えました。

その理由を熟考する為に、今まで数え切れない程の本を読みました。

そこで気付きましたが、有名人になってひとつの仕事をやり果せるには相当な覚悟が必要になってくるのです。


一生クリエイターとして生き抜く為には、強い動機と方向づけが必要になります。

望んだ仕事そのものが人生になるのであれば、今の世の中的にも大変恵まれています。

またそのように天職に恵まれたいという強い願望があるのですから、

クリエイティブの学習機会を損なわないようにしつつ、

平行して生き方探しや生き方の答えを読書の中に求めてきました。


ところが、どのような本の中にもそれらしい答えがありませんでした。

読書は冒険のようなもので、これを読めばキッパリ考えが変わるということはありません。

そうこうしているうちにデビューが遠のくので種々の不安を抱くことが増えましたが、

読書を継続しているうちに考え方に変化が現れました。


結局自分がどう生きるかの答えを本に求める場合は、

そこで得られる価値観を吸収していって少しずつ人格を成長させるしかありません。

人格が形成されてくると、その中心に揺るがない価値観みたいものが出来てきます。

これが信念であり、その個人にしか存在し得ない信念こそ生き方の答えだと気付きました。

ある時、この信念を頼りに直進して行こうと思った時に、

少しずつ未来への不安が晴れてくるような気がしました。

それと同時にこの信念形成は、普段の仕事の中で経験するあらゆる成功と失敗においても

読書と同じように強いパワー持つということが分かったのです。


こうした生き方を手に入れた結果、自分の創作人生における方向づけも完了しました。

まず自分は、創作活動において精神的にも経済的にも安定させなければなりません。

自分における本当の創作人生のスタート地点は、

クリエイティブ専業となり、自分の会社を持つことです。



■究極の目標


この後に達成するべき夢が途方もなく大きなものとなります。

ここから少し話題を転じて視野が広くなるのですが、

現在日本のアニメコンテンツ市場は世界最大規模を誇りつつも、

優秀な若手クリエイターがそこそこ高額な給与で外資によって次々買収されています。

何もアニメコンテンツに限らず科学技術など、その他あらゆる分野で多岐にわたります。

これは長期的に見れば日本の創造力や技術力が、

世界市場において緩やかに後退していき、発言力を失っていくという問題になります。


例えば隣の韓国に目を向ければ、

K-POPという強みを活かして世界の音楽市場における地位を向上する一方で、

国内に目を向ければ、日本のアニメコンテンツという強みが半世紀後も安泰である

という保証はありません。

このような懸念は、そもそも日本経済縮小の産物であって、

今後大きな政治的方向転換を経たとしても回復を望むという観方は難しいのが現状です。

日本社会全体で若い労働者の多くが、低水準の給与で少ない従業員の中立ちまわるという

光景が日常的になってきています。


確かに前述したよう、韓国など複数の海外の国がある分野で強くなり、

日本がある分野で相対的に弱くなる事で危機感を覚える国内の業界人は多数存在します。

しかし韓国には韓国国内の問題があり、日本には日本国内の問題があるのが事実です。

それぞれの国民が選挙の度にある程度政治に期待をかけるものの、解決に向かわないという

未来への不安を感じているのはどちらの国民も同じ筈なのです。

更にこれは日本や韓国だけにとどまらず、

将来への不安についてはアメリカや中国のような海外の殆どの国にも当てはまります。


先に記したように、日本は給与の安さから優秀な人材が海外に買収され、

それが引き金となって更に国力低下を招き、更なる給与水準の低下と物価上昇で

先の見えない暮らしをする世帯が多く存在しています。

実際日本人の多くは未来への不透明さに不安を抱いて暮らしています。


しかし日本のアニメコンテンツは、

確かにそういった問題を根本的に解決することはないとしても、

将来を思い描けず人生に迷った人々に光を投げかけ、

不安を忘れさせ、前向きに生きようと思わせる力を存分に持ち合わせています。

この独特のメッセージ性と芸術性を持つ日本のアニメコンテンツは、

決して世界市場で存在感を落ち込ませてはならないどころか、

分断の深まる世界においても今必要とされているものなのです。


ここで最初に英語と中国語を学んだ理由に結び付きます。

SNSや動画サイトのライブ配信にて世界と簡単に接続し合えるようになった今、

英語や中国語を母語とする人たちと繋がり、

自分が発表した作品群を通して伝えなければいけない価値観を、

その国の言葉で直接語っていければと思っています。


世界の国々には国内問題があると同時に、国際問題も抱えています。

昨今の国際ニュースでは米中対立が主たる話題となっていますが、

日本に関しては地政学的な観点から、

あらゆる国際問題において二国間の板挟みとなっており、

外交上非常に難しい立ち位置で対応に苦慮している印象が見受けられます。

この中で自分は米中を中心に作品アピールをしていくつもりです。


今となっては日米間は親友と呼べるほどの素晴らしい絆を獲得しました。

しかし一方で戦時中の世界情勢を学べば、

日中間には深い溝が残っており、大部分で理解し合っているとは言えません。

これは今の政治家の方の弛まぬ外交努力が欠かせませんが、

政治的相互理解とは別に文化面での相互交流を促進したいという思いがあります。


自分が為すべきことは、日本人として他国の民族主義に言及し、主張することではなく、

国内外に対して普遍的な生に対する価値観を作品に乗せて届けることです。

公開を予定している作品の土台は、西洋的な宗教観や生命観に根ざしたものなります。

この価値観が、いわゆる自分が20代で獲得した「自分の信念に従って生きる」という

重要なメッセージを生み出したのであり、

かつ今の世界を生き抜くのに不可欠な価値観だと信じています。


世界があらゆる国家間の問題、国内の問題を抱える中で、

それらの国を生きる人々が偶然にも色悠が作り出したコンテンツに出会い、

その世界の登場人物の生き方に共感することになれば、

日本のアニメコンテンツ文化は世界市場の中で存在感を高める筈です。

ひいてはそういった一連の創作活動を通して日本の分化の発展に貢献したいのであり、

更に数十年の時間が経過したならば自分が業界の先頭を走る一人にならなくてはならない、

というのが今後目指すべき目標になります。


実際今のところ、自分は出口の見えないトンネルの中におり、

手探りでそこから抜け出す為に可能なあらゆる努力をしています。

ただもう引き返せない場所にいるのですから、

一般的に多くの人が所望する新しい持ち家、車、所帯という概念は、

自分が自身の会社を持つというスタート地点に立つまでは一切放棄する覚悟で進みます。


全く不可能で出来る訳もないと信じる人間の下には少しの可能性もありませんが、

必ず成し遂げられる信じる人間の下には、

例え1パーセントに満たなくとも可能性が開かれています。







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